日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年4月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

関東流れ者(1965)
カントウナガレモノ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1965年04月18日 
製作会社
東映京都 
配給会社
東映 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
92分  

京山雪洲の原案を「博徒対テキ屋」の小沢茂弘が脚本化し小沢茂弘が監督した仁侠もの。撮影は「監獄博徒」の山岸長樹。

スタッフ

企画
俊藤浩滋橋本慶一
原案
京山雪洲
脚本
小沢茂弘
監督
小沢茂弘
撮影
山岸長樹
音楽
菊池俊輔
美術
富田治郎
照明
増田悦章
録音
堀場一朗
編集
河合勝巳
スチル
深野隆

ストーリー

仁侠やくざ・大谷清次郎は、死んだ父の後を継いだ兄・源太郎の横暴振りにがまんが出来なくなり、許婚者お繁とも別れ一人旅に出ていった。それから数年後、渡世人となった清次郎は、ふと立ち寄った飯島一家のために憲法発布記念剣道大会に出場し、決勝で土建業高島組の暴れ者・馬頭三五郎を破って優勝した。腹のおさまらぬ三五郎は、帰途清次郎を待ち伏せたが、かえって清次郎の気風に惚れ込んで、高島組の親分・伯太郎に会わせ、そのまま清次郎の舎弟分に収った。伯太郎は若いながらできた男で清次郎を引き取り組の頭に清次郎を据えた。そうしたある日、三五郎のもてなしで遊廓・大洗楼にあがった清次郎は、そこで今は今市の遊女に身をやつしたお繁に会った。お繁は今では名も小万と変え、三五郎の女になっていた。翌日清次郎は、藤原街道の工事を落札するため、入札金三千円を懐に日光街道を急いだが、途中今市の平山一家に追われたお繁に出会った。お繁は父の危篤を知らされ今市の遊廓をとび出してきたのだった。清次郎は二百円を払ってお繁を身請けし、そのまま宇都宮へ引かえした。が、その帰途清次郎は、父親への反感から、女性解放運動の演説をし、野次馬に罵倒されている、平山の娘・サトを助けた。サトはこんな清次郎の勇気にしだいにひかれていった。一方三五郎は入札の際平山と役人との間に不正があったことをつきとめ、平山組に殴りこんだ。しかし、これを根にもった平山の復讐で、お繁は命を失った。怒った三五郎は、平山組に再度殴りこむが、逆に斬殺されてしまった。今はこれまでと覚悟を決めた清次郎は平山組のまっただ中にとびこんだ。が、父を思うサトの絶叫に清次郎は、平山を射てず、かけつけた警官にだまって連行されていった。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /シネマ・スコープ(1:2.35)
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/04/26]

映画情報を18件更新しました。

[2017/03/28]

映画情報を65件更新しました。

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。