日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年1月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊
ニンゲンギョライアアカイテントクベツコウゲキタイ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1968年01月03日 
製作会社
東映京都 
配給会社
東映 
レイティング
一般映画  
英語名
Human Torpedoes  
上映時間
104分  

毎日新聞社編・刊の原作『人間魚雷回天特別攻撃隊員の手記』より、「渡世人」の棚田吾郎が脚色し、「浪花侠客 度胸七人斬り」の小沢茂弘が監督した戦争秘話。撮影は「侠客の掟」の吉田貞次。

スタッフ

製作
大川博
企画
岡田茂俊藤浩滋日下部五朗
原作
毎日新聞社編
脚色
棚田吾郎
監督
小沢茂弘
撮影
吉田貞次
音楽
木下忠司
美術
鈴木孝俊
照明
増田悦章
録音
中山茂二
スチール
中山健司
編集
堀池幸三

ストーリー

昭和十八年。広島の特殊潜航艇甲標的の基地であるP基地に赴任した、三島少尉は同室の大里中尉が、敗色濃い戦局を打開するため、一人千殺の兵器の構想を持っていることを知った。だが、上層部は魚雷に人間が乗り込んで敵艦に体当りするという大里の構想を、必死の兵器は認められないと却下しつづけていた。一方、三島は甲標的の能力に疑問を持ち大里に協力を申し出た。二人は熱心に構造設計に打ち込み、いつか竪い友情に結ばれていった。昭和十九年、米機動部隊の活躍に、軍令部は今まで却下しつづけてきた大里の人間魚雷の構想を採用することに決定し、〇六兵器と仮称を与えて呉工廠で設計、試作することになった。喜んだ大里、三島は荻野技術大尉らと共に不眠不休の作業をつづけ、兵器としての弱点を改めていった。やがて〇六は完成、第六艦隊参謀栗原中佐らの見守る中で、大里の乗った〇六は航走試験に成功した。〇六は正式に回天と命名され、徳山湾口大津島の基地で猛訓練が開始された。時時表面化する現役士官と、吉岡や潮田らの予備士官との対立も、訓練途中で大里と吉岡が死んだ時に消えていった。十月下旬、回天特別攻撃隊菊水隊が編成され、ウルシー環礁の戦艦隊が目標に選ばれた。出撃数日前、隊員に帰省休暇が出た。三島は大阪の両親に秘かに別れを告げ、潮田も妻孝子と会って無言の別れを告げたのだった。遠方の隊員は、料亭若松の仲居のお朝に甘え、数日を過した。昭和十九年十一月八日朝、三島たち隊員は回天を搭載した潜水艦に乗り込み、故郷に最後の別れを告げて出撃していった……。ウルシー環礁内の敵艦に攻撃を敢行した菊水隊の戦果は、正規空母三、戦艦二を撃沈、わが方の損害は甲三七潜水艦のみ未帰還。と、記録されている。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。

[2016/12/26]

映画情報を22件更新しました。