日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年2月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

望郷(1971)
ボウキョウ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1971年03月20日 
製作会社
松竹 
配給会社
松竹 
レイティング
一般映画  
英語名
Home in My Heart  
上映時間
85分  

森進一のヒット曲『望郷』の映画化。脚本は七十年度キネマ旬報脚本賞を受賞した「男はつらいよ 純情篇」の宮崎晃。監督は山田洋次のチーフ助監督をつとめていた、大嶺俊順。撮影は「俺は眠たかった!!」の小杉正雄がそれぞれ担当。友子役の榊原るみは映画初出演。なお、大嶺俊順は昭和9年東京生れ。同35年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。「いいかげん馬鹿」「九ちゃんのでっかい夢」では山田洋次と脚本も執筆している。これが監督昇進第一回作品。

スタッフ

製作
沢村国男名島徹
脚本
宮崎晃
監督
大嶺俊順
撮影
小杉正雄
音楽
鏑木創
美術
重田重盛
録音
田中俊夫
照明
中田達二
スチル
佐々木千栄治
編集
石井巌
助監督
立仙雅巳
監修
山田洋次

ストーリー

松村友子は、病床の父に姉文江を逢わすために夜汽車で東京に向かった。文江は五年前、妻子ある男と恋愛事件を起こして父と衝突し、故郷を飛びだしてしまったのだ。それ以後は何の音沙汰もなかった。友子の東京行きのもう一つの目的は集団就職した中学の同級生の消息を知ることであった。東京に着いた友子は、新宿の片隅にある小さなバー“風花”を経営する文江を訪ねた。友子は、文江の変貌ぶりに驚ろき、文江もまた友子の大人びた姿に五年の歳月を感じた。友子は津軽の家のことを話した。文江の目前になつかしい故郷の風景が蘇った。だが、文江の口から帰るという言葉は出なかった。翌日、友子は、中学時代一番仲の良かった相川道夫に会い、道夫の知らせで、鈴木清、斎藤美代子にも会った。二人は同棲しながら、清は池袋でバーテンをし、美代子はヌードモデルをしていた。彼らにはもはや昔のおもかげはなかった。洋裁店に勤めている和子にも会ったが、なぜかその態度は冷たかった。友子は、文江の恋人であるレコード会社のディレクター高木が育てている森川のことを、文江から聞き、級友の森川ではないかと思い彼を訪ねるが、その期待は空しかった。しかし、森川の話を聞くうちに、若い二人は次第にうちとけた。翌日、道夫は友子を箱根にドライブに誘った。箱根には、妻子ある高木と別れることを決意した文江の姿があった。その夜、文江の帰らないアパートで、道夫は友子と一緒に故郷へ帰る約束をした。預金をおろし荷物をまとめた道夫は、最後の東京の夜を友子と過ごそうとしたが、友子に「つかれているから」と断わられ清を誘った。そしてその深夜の帰り道友子との約束もつかの間道夫は自動車にはねられてしまった。友子が帰る日、上野駅には森川信一郎が見送りに来ていた。友子が探している森川が、名古屋の方にいったまま消息不明だということを告げに来たのだ。それは文江の計いだったが、信一郎はもう一度、友子に逢いたかったのだ。“風花”に戻った信一郎は、デビュー曲「望郷」を唄った。わすれようとしていたはずの高木への愛が再び文江の心を強くしめつけた。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /ビスタ
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。