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作品詳細

飛騨の暴れん坊
ヒダノアバレンボウ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1949年05月16日 
製作会社
大映京都 
配給会社
大映 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
78分  

「天狗飛脚」を監督した丸根賛太郎の脚本、監督でキャメラは中田節三が当る、主演には「天狗飛脚」「紅蓮菩薩」の市川右太衛門「天狗飛脚」「嵐の中の姉妹」の相馬千恵子を始め「静かなる決闘」の志村喬や、羅門光三郎、原健作、久方ぶりの飯塚敏子らがそれぞれ助演する。

スタッフ

企画
高桑義生
脚本
丸根賛太郎
監督
丸根賛太郎
撮影
中田節三
録音
奥村雅弘
照明
加藤庄之丞
美術
川村鬼世志
音楽
伊藤宣二

ストーリー

時は江戸時代の末期、江戸の町はけん騒を極めていた。その中に十郎兵衛は、同じ仲間の辰吉、六助達と一緒に「天下一品十郎兵衛の蟇ぐすり」を江戸の街々に売って歩いて、その日暮しをしていた。処がある日夜更け街を一杯気げんで千鳥足で歩いていると白羽二重の寝巻をきた妙な子供が跳ぶ様に木から降りてきた。驚いた辰吉と六助は一目散に逃げ去ったが、足の重い十郎兵衛は、その子供のまきぞいを食ってしまった。というのは勢いよく走ってきた武士の一団にさらわれて行った。そしてそのあくる日も、あくる日も子供は十郎兵衛の側にくっついてきては、またまた武士の一団につれて行かれた。へとへとになった十郎兵衛は遂に江戸を去ることに決心した。ちょうど品川あたりにさしかかった時、またその子供に会ってしまった。十郎兵衛がいろいろ分けを聞いたところ、その子供の名は太郎といって大鳥藩の殿様が山狩りに行ったときに猟師の娘に生ました御落胤で、生まれるとすぐ母親の身分が卑しいために殿様の外聞にもかかわるというので母子ともども領内から追出されてしまった。それで母子は故里を追われて飛騨にやってきた。七、八年というものは、殿様はもちろん藩からも何の便よりもなかった。しかし大鳥藩の若様が急に亡くなり、跡嗣がなければお家断絶というので大変なさわぎ、とうとう太郎母子を飛騨から連れ出してきた。ところが家老の鎌田大善は、母のお君と太郎の間をお家のためと言って母を飛騨に帰えしてしまった。それからというものは太郎は夢中になって母の姿を求めて何回となく大鳥の邸から抜け出そうとして、とうとうここまで来たのだという。これを聞いた、十郎兵衛と辰吉、六助は、太郎を飛騨の母親の処へ連れて行くことを約束した。さて十郎兵衛一行は、道場破りに変装したり、効かない薬を売りながら、飛騨に向かって旅に出た。一方大鳥藩の江戸邸では大変なさわぎ。遂に捜索隊を編成。先頭に野呂木半兵衛と荻野の両お守役、権藤蜂右衛門や総勢十三名であった。途中、スリの山猫の吉五郎一味が事情を知ってたくらみ別の行動をとっていた。だがお守役の野呂木半兵衛と荻野達は母を慕って遠い処を尋ねあるく、太郎のいぢらしさを思い、つい足が鈍るのであった。そしてそれとなく太郎の行方が分っても一日も早く太郎とお君を会わせたく思い逆に援助してやってしまう。十郎兵衛達は太郎をだんだん好きになって行く。しかし遂にめぐり会う日が来た。荻野と十郎兵衛一行は、お君と太郎の姿をいつまでも見送っていた。野呂木半兵衛も心の微笑を禁じ得なかったであろう、彼等一隊は江戸に向ったのである。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

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