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作品詳細

風雲児(1951)
フウウンジ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1951年05月18日 
製作会社
東映東京 
配給会社
東映 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
89分  

東映東京撮影所第一回作品として、「豪快三人男」のマキノ光雄が製作に当たり、柔道界の古老嘉納治五郎の苦闘時代に取材して富田常雄が書き卸したものを「続不良少女」を小森靜男と共同脚色した若尾徳平がシナリオに書いたものである。監督には「春風無刀流」の萩原遼が当たっている。

スタッフ

製作
マキノ光雄
企画
藤川公成
脚本
若尾徳平
監督
萩原遼
撮影
永塚一栄
美術
中村修一郎
音楽
山田栄一

ストーリー

矢野正五郎は学習院の英語教師を勤める柔道家であったが、愛弟子の戸田雄次郎と孤児三太とつつましやかに住んでいた。關屋柔山の道場の泉専太郎は免許試合もなしに矢野に免許の与えられたことを恨みに思い、また、金持ち島屋長作に連合大道場建設資金と称して金融も頼んだのにことわられ、かえって島屋が矢野と親しくしていることに対する忿懣から、兵介と二人して、矢野に試合を申し込んで、つけまわした。矢野は無益な争いを好まず、これをさけていたが、路上で戦いを挑まれこれを避けたことから、更に兵介たちの怒りをあおり新聞で無頼漢とたたかれた。許婚の千鶴の父清閑寺伯からそれをなじられ、学習院を辞職しようとするが、院長はこれをとどめた。千鶴は不治の病床に臥していたが、容態が急変したので、島屋の娘早苗は矢野の宅へかけつけた。このとき、矢野の家まで押しかけた兵介たちが、雄次郎を桔梗ヶ原へ呼び出したことを知った矢野は、臨終の千鶴に気をひかれながらも、雄次郎の危機を救うために、桔梗ヶ原へかけつけるのであった。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

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