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作品詳細

母のない子と子のない母と
ハハノナイコトコノナイハハト

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1952年11月04日 
製作会社
新教映民芸 
配給会社
 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
90分  

「原爆の子」「花荻先生と三太」などの作品を作った民芸が、新教映株式会社と共同で製作したもの。製作は菅義雄と八名正の共同、壷井栄の原作から、「白痴」以来久しぶりの久板榮二郎が脚本を書き黒澤明の第一助手を勤めていた若杉光夫が演出に当っている。撮影は井上莞。出演者は宇野重吉、高野由美、北林谷栄、左卜全、斎藤美和などの民芸の人々に田中晋二のほかは現地の子供達が大勢出演している。

スタッフ

製作
菅義雄八名正
企画
劇団民芸
原作
壷井栄
脚色
久板栄二郎
監督
若杉光夫
撮影
井上莞
美術
民芸美術部
音楽
斎藤一郎
解説
滝沢修

ストーリー

戦争は平和な瀬戸内海の小さな島にまでその傷を残して行った。小豆島に住むおとら小母さんは大阪で主人と息子を失くして故郷の島へ帰って来たが、となり村へ帰って来た親類の子ヨンちゃんを引取った。ヨンちゃんのお父さんはまだ戦争から帰らず、お母さんは島へ帰った日から病気で寝ているのだった。お母さんの傍には兄の一郎がついていたが、とうとうお母さんもお父さんが帰るのを待たずに死んでしまった。そこで一郎もヨンちゃんと同じくおとら小母さんに引取られて来た。一郎は世の中で自分位不幸な人間はいないと思っていた。友達の史郎ちゃんも達雄君も宗一君も戦争のためお父さんを失った子供たちだったが、心を合せて一郎を幸福にしてやりたいと色々努力するのだった。一郎はそのため段々明るい子供になって来た。そしてある日、待ちに待ったお父さんが帰って来たのだった。一郎とヨンちゃんは大喜びだった。けれど、史郎は淋しかった。史郎ちゃんのお父さんは台湾沖で船と一緒に沈んでしまったのだったから。しかし史郎は浜辺へ出て唄をうたうのだった。そうすると何となくお父さんが帰って来るような気になるのだったから--。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

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