日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年2月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

氷壁
ヒョウヘキ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1958年03月18日 
製作会社
大映東京 
配給会社
大映 
レイティング
一般映画  
英語名
The Precipice  
上映時間
96分  

朝日新聞連載の井上靖の同名小説の映画化。「悲しみは女だけに」の新藤兼人が脚色し、「暖流(1957)」のコンビ増村保造が監督、村井博が撮影した。主演は「春高楼の花の宴」の山本富士子、上原謙、「母(1958)」の菅原謙二、「江戸っ子祭」の野添ひとみ。その他、川崎敬三、山茶花究、浦辺粂子などが出演している。色彩は大映カラー。大映ビスタビジョン方式。

スタッフ

製作
永田雅一
企画
米田治
原作
井上靖
脚色
新藤兼人
監督
増村保造
撮影
村井博
音楽
伊福部昭
美術
下河原友雄
照明
米山勇
録音
渡辺利一

ストーリー

魚津恭太と小坂乙彦は元日の明け方前穂高の北壁にしがみついて吹雪と闘っていた。あと十米ほどで岩場がつきるという時、猛然と谷間から雪が吹き上げ、二人を結びつけていたナイロン・ザイルが切れ、小坂の体は転落して行った。どうしてザイルは切れたのか--間もなくナイロン・ザイルの衝撃実験が八代教之助の手によって行なわれた。教之助は、皮肉にも死んだ小坂が命をかけて慕い、そして過去に一度だけ関係のあった八代美那子の夫だった。実験の結果、ザイルは切れなかった。問題になったザイルは魚津が勤めている新東亜商事の兄弟会社の製品であったため、彼の立場は更に苦境へと追いこまれた。が、小坂の死が他殺か自殺かと騒然たる世論の中で、終始魚津を理解しつづけたのは支社長の常盤だった。魚津は美那子を無責任なスキャンダルの渦から救おうとしていたが、今では小坂と同様に美那子を慕う自分を知った。一度断念された小坂の死体捜索が再開され、それには小坂の妹かおるも加わった。発見された死体にザイルはきちんと結ばれていた。遺体を焼いた翌日の夜、かおるは魚津に結婚してほしいと打ち明けた。兄を焼く火の色が彼女を真剣な思いに導いたのだ。愛してはいけない美那子への思慕を清算し、かおると結婚しようという意志を固めるため、魚津は飛騨側から前穂の単独登攀を試みた。そして、かおるとは徳沢小屋で落ち合い一緒に帰京して結婚することを約束した。ガスが濃く流れて視界がよくきかない岩壁を進む魚津の耳に地鳴りのような重苦しい音が重なり合い、次第に轟々たる響きになって追って来た--。徳沢小屋では、明日会える魚津が登りつつある前穂の峰を、かおるが静かに見つめていた。その峰の姿は無気味な肌色をみせて妙に明るい空にそそり立っていた。--魚津の到着の時刻になっても彼は現れなかった。捜索隊が出され、かおるは再び愛する人の遺骨を胸に、故郷へ帰らねばならなかった。美那子は駅へ彼女を送った。かおるは冷く澄んだ何かにつかれたような表情をしていた。美那子は自分の敗北とでもいうようなものを感じた。かおるの汽車は西へ去り、美那子は居合わせた常盤に挨拶をし、駅を出て行った。--再び、空虚な家庭へかえるために。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /ビスタ
  • サウンド: モノラル

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。