日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年2月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

硫黄島(1959)
イオウジマ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1959年10月21日 
製作会社
日活 
配給会社
日活 
レイティング
一般映画  
英語名
The Ghost of Iwojima  
上映時間
88分  

菊村到の芥川賞受賞作の映画化。硫黄島の悪夢をになって戦後に生きる一人の男の悲惨な運命を描く。「暗夜行路」の八住利雄が脚本を書き「倖せは俺等のねがい」の宇野重吉が久しぶりに監督した。撮影は「危険な女」の井上莞。

スタッフ

企画
大塚和
原作
菊村到
脚色
八住利雄
監督
宇野重吉
撮影
井上莞
音楽
斎藤一郎
美術
木村威夫
照明
安藤真之助
録音
古山恒夫
編集
近藤光雄

ストーリー

戦後六年、戦争の悲惨な爪跡は人々の脳裏からまだ去らない。東亜新聞の新米社会部記者武村均は、行きつけの飲屋“のんき”で不思議な男を知った。片桐正俊というその男は「記事にしてもらえませんか」とこんな話をした。--人肉が腐臭を放つ硫黄島、全員玉砕の報をよそに片桐ら六人の日本兵が洞窟にかくれて生死の境を彷徨していた。ある日、片桐は同胞の木谷と食糧探しに出た。帰ってみると四人の同胞は火炎放射器で焼き殺されていた。数日後、二人は米軍に投降した--。別れぎわ、片桐は近々、当時書いた日記をとりに硫黄島へ行くと武村に話した。これが本当ならトピックだ。武村は富田デスクと相談して、この記事を載せることにした。が、間もなく硫黄島には行けそうもない、という片桐からの電話。記事は取止めとなった。それから数カ月、武村は呆然とした。他社のトップ記事に片桐が硫黄島で死んだとあったからだ。不可解な片桐の行動。片桐が本当に語りたかったのは何か? 武村は、その真実を探ろうと決心した。まず、湘南で板前をやっている木谷を訪れた。木谷が語る硫黄島--生き残った片桐と木谷は死んだ日本兵の水筒の水を飲んだり、乾パンをひきずり出して生きていた。ある日、木谷は悲鳴ともつかぬ片桐の叫び声を聞いた。死体が動いたというのだ。その死体を自分が殺したと片桐は苦しんだ--。片桐は日記なんか書いていなかったとも木谷は言った。ついで武村は、森という、片桐とは恋仲であったらしい看護婦がいることを知って彼女を訪れた。森の兄と片桐は硫黄島で一緒だった。復員した片桐は兄を失った森を慰めた。そんな片桐に森が求愛した。が、片桐は僕たちは結婚してはいけないんだという電話を最後に去っていったという。片桐も森を愛していたらしい。それなのになぜ彼は愛を拒絶したのか? それに硫黄島へ行ったのはなぜか?自殺か過失死か?武村には解らないことばかりだった。片桐が働いていた工場を尋ねた。そこで武村は、森が、片桐が殺したと苦しんでいた戦友の妹だったことを知った。武村は片桐が次第に理解できるようになった。が、硫黄島で木谷と片桐は互いに隙を見て殺そうとしていたことを木谷から改めて知った武村は、再び解らなくなった。疑問の解けぬ武村に同僚の牧山記者が言った。--片桐は硫黄島へ行って、何かの声に自分を裁いてもらいたかったのだ。戦争に行ったものは誰だって忘れられないんだ--。片桐は戦争の罪悪におびえ死んで行ったのだ。武村はそこに片桐の心の日記を読み通した気持になった。その夜、武村は“のんき”でやるせない気持を抱いて酒を飲んでいた。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。