日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年2月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

流転の王妃
ルテンノオウヒ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1960年01月27日 
製作会社
大映東京 
配給会社
大映 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
102分  

満州国皇帝溥儀の弟、溥傑氏の妃として波乱の半生を送ってきた愛新覚羅浩の自伝の映画化。「野火」の和田夏十が、脚本を書き「乳房よ永遠なれ」以来、久しぶりに田中絹代が監督した。撮影は「かげろう絵図」の渡辺公夫。

スタッフ

製作
永田雅一
企画
藤井浩明
原作
愛親覚羅浩
脚色
和田夏十
監督
田中絹代
撮影
渡辺公夫
音楽
木下忠司
美術
間野重雄
照明
泉正蔵
録音
西井憲一

ストーリー

元気な姿で登校した英生が行方不明になって数日目、白木の箱となって帰ってきた。英生は竜子と夫・溥哲の愛のしるしであり、清朝を嗣ぐ唯一人の子だった。--日支両国に暗雲ただようころ竜子は関東軍の朝吹大将の訪問を受けた。朝吹は、竜子と日本・満州両国親善のために、満州国皇帝の弟・溥哲の妃にと言った。意外な話に驚く竜子にかまわず話は進められ、建国十年を迎えた満州国首都の新京で中国風の結婚式が行われた。学校を終えて間もなく異郷に嫁いだ竜子は、慣れない風習と、夫の兄・溥文らの冷い眼に苦しんだが、夫の溥哲の愛情に慰められた。子どもの英生が生れた。家庭に明るさがました。しかし、昭和二十年八月、ソ連の対日戦開始とともに平和の夢は破られた。新京にソ連軍が侵入、竜子は幼い英生の手を引き、夫や皇帝の一行とともに満鮮国境へ避難の道を歩んだ。汽車、徒歩、馬車という強行軍の退却行動の末、山間の寒村・大栗子に来たとき日本は降伏した。皇帝は退位と満州国の解体を宣言した。皇帝と溥哲は軍の計いで家族より一足先に通化から空路日本へ旅立った。しかし、竜子や英生らの残された通化には暴動が起きて、ついに一行は無蓋車につめられて北満・延吉の刑務所へ送られた。それから数年、病弱の義姉皇后は刑務所で息を引取り、竜子と英生はやっと釈放された。無一文で、あるときは徒歩で大陸を流転した母娘は辛うじて佐世保へ上陸できた。が、待っているはずの夫・溥哲は中国の刑務所にいると知り竜子は茫然とした。--そして今、英生の不慮の死、冷い運命に竜子の頬から涙が流れた。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /シネマ・スコープ(1:2.35)
  • サウンド: モノラル

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。