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作品詳細

私は忘れない
ワタシハワスレナイ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1960年07月01日 
製作会社
松竹大船 
配給会社
 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
86分  

有吉佐和子の新聞連載小説を、堀内真直・八木美津雄が脚色し「四万人の目撃者」の堀内真直が監督したもので、黒島を舞台にしたメロドラマ。撮影も同じく「四万人の目撃者」の小原治夫。

スタッフ

製作
小松秀雄
原作
有吉佐和子
脚色
堀内真直八木美津雄
監督
堀内真直
撮影
小原治夫
音楽
木下忠司
美術
熊谷正雄
照明
市村政次郎
録音
堀義臣
編集
浜村義康

ストーリー

門万里子はスターの生活に憧れて女優になったが、その夢は破れた。彼女は失意をいやしに黒島へ旅立った。船中で、島の中学に赴任する若い教師の赤間と知り合った。校長と、彼の妻の松代は、赤間と万里子を歓待した。しかし、島の人たちは古い因習にしばられた生活をしていた。島の東西にある二つの集落、大里と片泊は昔から気風がちがうため、仲が悪かった。片泊集落の青年忠一と、大里集落の娘光枝は愛し合いながらも、自由に話もできないほどだった。万里子は赤間の授業を手伝った。忠一と光枝の問題で、片泊の区長の家に、両集落の主だった者が集まった。校長夫妻とともに、赤間と万里子も出席した。大里の長老は校長の口利きで納得したが、片泊の方は頑固だった。忠一はこれを知ると、本土へ渡る決心をした。過労がもとで松代が倒れた。医療設備の全くないこの島では、連絡船のやってくるのを待つより仕方なかった。その夜、台風が襲来した。集落の人たちは学校へ避難した。万里子は炊き出しやら病人の世話などに奔走した。姉光枝の安否を気にした和枝が風の中をとび出した。和枝を救おうと忠一もとび出した。二人は濁流にのまれた。船が着き松代は鹿児島の病院へ送られた。--翌日、忠一と和枝の野辺の送りがすむと、光枝も後を追って身を投げた。島の長老たちは自分たちが間違っていたことを知った。万里子が島を離れる日がやってきた。松代の経過も無事と伝えられた。島の人たちに、万里子は甲板から手をふった。--まもなく、東京の万里子から手紙が届いた。島の人たちにテレビを送ったという知らせを赤間は生徒たちに読んで聞かせた。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /シネマ・スコープ(1:2.35)
  • サウンド: モノラル

その他

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