日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2017年2月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

胎動期 私たちは天使じゃない
タイドウキワタシタチハテンシジャナイ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1961年04月12日 
製作会社
新東宝映画 
配給会社
新東宝 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
90分  

封建的世界にありながら次第にめざめていく看護学生の群像を描いたもので、十津川光子の原作を、「裸の島」の新藤兼人が脚色し、「恋愛ズバリ講座」の三輪彰が監督した。撮影は「俺は都会の山男」の岡田公道。

スタッフ

企画
佐川滉岩山達彦
原作
十津川光子
脚色
新藤兼人
監督
三輪彰
撮影
岡田公直
音楽
林光
美術
宇寿山武夫
照明
関川次郎
録音
中井喜八郎

ストーリー

S大病院附属看護学校の二回生卒業式。席上、優等賞状を授与された鈴元春子は、壇上で奉書を引裂いてしまった。--三年前。看護学校寄宿舎寮の三号室は、秋田から上京した春子を迎えて、全員六名が顔を揃えた。配布された「生活の心得」の冷酷な規律は彼女たちを震え上らせたが、彼女たちの青春はそれをはね返す明るさがあった。毎夜、辻主任は寮内の隅々を点検して歩くのだった。ある日、同室の勢津の日記帳が紛失した。真砂子の抽斗で発見されたが、結局辻主任の仕業だった。辻主任に釈明を求めたが、納得のいく返答はなかった。彼女たちは戴帽式に出席しないことに決めた。宮田教員が自分に一任して出席するよう説得した。戴帽式は無事終ったが、宮田教員は学校と生徒との板ばさみとなって辞職した。彼女たちに自治会を作るように言い残して。真砂子が先頭に立ち、結成の準備は進んだ。が、辻主任に筒抜けになっていた。一同は、笠原婦長に近い春子を疑った。春子は、五号室の花枝が辻主任と自治会の動きを話し合っているのを耳にした。真砂子が過労から床についた。春子は手あつく看病した。ある日、勢津が恋人岡田の危篤の電報を受取った。無断外出した勢津のことを口外しないと一同は約束した。だが、また辻主任の知るところとなった。春子は密告した犯人として花枝を指さした。掴み合いが始まった。いつのまにか、勢津は解剖室用ベッドの上に昏々と眠っていた。--やがて卒業式の日。春子は「……卒業保留処分を受けた二人は寄宿舎生活を改善し、努力しました。私は常に自分だけを守ってきました。でも、いまやっと自分の姿に気づきました」としゃべった。真砂子は勢津を生きなきゃだめといってゆさぶるのだった。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /シネマ・スコープ(1:2.35)
  • サウンド: モノラル

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2017/02/27]

映画情報を27件更新しました。

[2017/01/30]

映画情報を22件更新しました。